【佐藤春夫】
友人の妻と結婚した


和歌山県新宮市の医家に生まれ,新宮中学校(現・和歌山県立新宮高等学校)卒業後、上京して旧制慶應義塾大学文学部予科に進む(のち中退)。友人の谷崎潤一郎との間に、有名な小田原事件が起きました。谷崎潤一郎が、千代夫人の妹のせい子と関係を持ち、冷遇される千代夫人に同情を寄せたのが、佐藤春夫であった。そこで一つの解決が見出されそうになった。谷崎潤一郎夫妻は離婚し、佐藤春夫が千代を妻にむかえ、谷崎潤一郎がせい子と同居するという話しあいが一応出来たのであるが、急に谷崎潤一郎が翻意して、ご破算にしたため、佐藤春夫は憤慨して絶交になったのです。これが世に言う「小田原事件」なのです。佐藤春夫と千代夫人との結婚はこれにより約十年間も先送りされます。谷崎と千代子の離婚成立後、三人連名の挨拶状を知人らに送り、「細君譲渡事件」として当時センセーショナルな反響を呼び起こしました。代表作である「秋刀魚の歌」も千代への思慕が背景にある。慶應義塾大学では当時教授だった永井荷風に学び、1964年5月6日、「1週間自叙伝」というラジオ番組を自宅で録音中、「私は幸いにして…」という言葉を発した直後心筋梗塞を起こし、そのまま死亡した。俗に門弟三千人と称され、門人に太宰治や檀一雄、吉行淳之介、稲垣足穂、柴田錬三郎、中村真一郎、五味康祐、遠藤周作、安岡章太郎、古山高麗雄などがいる。


[雑学 TOP⇒GO]
[歴史のヘェ ⇒GO]
[ガンダム商店⇒TOP]


姉妹サイト
モバイルウオーカー
日本 神話
大名一覧表


(戻る)ガンダム商店